お祭りといえば!! 三島囃子と三嶋大社 三嶋柄 オリジナル木札☆

  • miyako
  • 04/20/2015
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祭り木札1
祭り木札1

 

間伐材の竹を ひとつ ひとつ 

 

 

 

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Design comu  Mi のある 三島は 

 

 

 

しゃぎりがとっても盛んで

 

 

有名です!!

 

 

 

 

 

三島囃子と三嶋大社

 

 
三嶋大社の例大祭は旧暦でいう中秋の時期に行われてきたが、現在は新暦で行っているので夏祭りとなっている。平成8年の8月15日から17日の三嶋大社例祭には約50万人の人出があった(三島警察署調べ)。三嶋大社例大祭は中秋の月明りの中で繰り広げられたのは、前述のように源頼朝の旗揚げでも知ることができる。こうした中で、三島囃子は、戦国時代、小田原北条氏の時代である天文年間(1532~54)に、大場に居住していた三嶋明神の舞々役である幸若与惣太夫によって創曲されたといわれている。舞々役の創曲であるので当時は、幸若舞を演じるための囃子として演奏されたと思われる。天正11年(1583)には、三島周辺の三嶋明神に奉仕する川原ケ谷・谷田・大場・梅名・柿田の各村に対して御囃子の演奏を古来のように勤めるよう促す証文が残されていた。
三嶋大社の代々の宮司家である矢田部家の江戸時代の日記をみると、8月の例大祭の記事については、雨のため流鏑馬を中止したことの記載がある程度である。例大祭は、民衆の祭であったので記録に残らなかったのだろう。寛文9年(1669)、三島の宿中祈祷のため、初めて宿内に山車の引回しが行われた。宿内の山車の引回しは当初ルールを持たなかったので、文化13年(1816)4月・11月の酉祭りにおける祭礼の当番町は18の町を4組に分け、当番町制を定めた。
これをきっかけに、8月例大祭でも当番町制が取り入れられたものと思われる。宿中祈祷のためには、川原ケ谷や柿田など周辺地域の人たちが「シタカタ」として山車に乗り、お囃子を演奏し、宿の旦那衆の門付にあたったものと考えられる。また、町衆はその山車を引いたものであろう。中伊豆町原保で行っているシャギリでも演奏者を「シタカタ」といっている。
現在では、8月15日午後に三嶋大社社頭で神事を行ったあと、当番町の山車はお秡いを受け、それぞれ「神楽昇殿」を奉納演奏する。その後、三島市街の引回しに向かう。かつては、各町が自由に引回していた。山車同士かがち合うと「けんか囃子」で勇壮な競り合いとなった。しかし、これがエスカレートしていったため、今は、互いにかち合わないコースを決めた。夜になって当番町の山車が社頭に一同に集まり、ここで時間を決めて、「競り合い(セリアイ)」を行うことになっている。祭りを盛り上げる「競り合い」の後、山車は、戻り囃子を演奏しながらそれぞれの町に引き上げていく。

 

 

 

 

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